SAIKOSAIKOです。
止まっていた人が、もう一度、
自分らしく動き出す瞬間に
そっと立ち会っています。
最近、いつも寝る前にやってる
ゲームがあるんです。
なんの変哲もない、
シンプルなパズルゲームなんだけど、
つい無心になって、ハマっちゃうんですよね。
でね、私の中にひとつだけ、
変なルールがあって。
パーフェクトで勝つか、ボロ負けするか。
どっちかじゃないと、
そのゲームを閉じて寝ることができません。
「なんだろう、このこだわりは?」って、
ずっと不思議だった。
でも──そうだ。
なんか、この感覚、覚えがあるぞって思ったら、
ずっと昔の記憶が蘇りました。
少し前の私って、正義感が強くて
理不尽なことが許せないタイプだったんですよね。
白黒はっきりさせる。
勝ち負けをきちんとつける。
いつも
「正しいか、間違ってるか」
が気になって、
矛盾があるくせに
義務を押し付けてくる大人には、
親だろうが、教師だろうが、
正論で噛みついてた気がします。
「敵だ」と思った人には、
一ミリも心を開かないくせに、
逆に、
一度「味方」と心を許したら、
今度は裏切られても、傷つけられても
「この人は大丈夫」って、疑うことすらしなくなる。
内心は嫌でも、その場では笑って流して、
「きっと私が悪いせい」
って、自分を説き伏せてしまうんです。
「なんで、正しいはずの私がこんなに苦しいの?」
「どうしたらあの人に”自分が悪い”ってわかってもらえるの?」
そんなことばかり、頭の中でぐるぐる考えてた。
でもね、
そんなふうに、何事にも白黒つけてたら、
今度は、自分の中の矛盾も許せなくなった。
「本当は、揚げ足を取るのが得意なだけで、
自分が果たすべき義務から逃げようとしてるだけなんじゃない?」
って。
「それでもいい」
「それが私の生き方だから」
そうやって、
どこかで自分に言い聞かせてきたけど…
今思えば、
こんなに極端な世界で生きてたら、
そりゃ疲れるよなって思う。
あの時の名残りが、
ゲームの謎ルールにも
現れているのかもしれません。
そんな私も、最近は
「私も白ばかりじゃないし、
相手も黒ばかりじゃないよね」
「自分のことも、相手のことも、
どちらにも分類しなくていいのかもね」
…って、やっと、少しだけ
思えるようになりました。
今でも完璧じゃないけれど、
もしも、また白黒つけたくなったなら。
ちょっとだけ立ち止まって
「どっちでも大丈夫だよ」って、
自分に許してあげようかな、って思ってみる。
まあ、また極端に
なっちゃうかもしれないけどね。
それでもいいじゃん。
どうせ、完璧なんて、無理なんだからさ。


あなたの中にある、ほんとうの声へ。
人は、自分の気持ちに出会ったとき、
少しずつ、無理なく、
その人らしい歩き方を
思い出していくのだと思います。


心が揺れるのも、
あなたが弱いからじゃない。




ただ、まだ知らない「止まる理由」があるだけ。
たとえば、こんなことはありませんか?


最後まで読んでくださった
あなたへ
人は、自分の気持ちに出会ったとき、
少しずつ、自分のペースで、
その人らしい歩き方を
思い出していくのだと思います。


進めないのも、心が揺れるのも、
あなたが弱いからじゃない。
ただ、まだ知らない
「止まる理由」があるだけ。




貯金が2万円になったとき、やっと、努力が足りないのではなく、自分でブレーキを踏んでいたことに気づき、少しずつ、変わり始めました。


止めているのは、あなたではなく、あなたを縛っていた思い込み。
本来のあなたは、もっと自由です。
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