最近、
「生まれたまんまの自分でいたいよね」
「ありのままの自分で生きたいよね」
って言う人が増えてきた気がする。
私も、
心からそうありたいって思ってるし、
今までずっと、
そこを目指してきたんだと思う。
ストレスクリアを続けてきたのも、
「どうしたらいい?」
って迷い続ける人生をやめたかったからだった。
人からどう思われるかじゃなくて、
自分が感じたことを大事にして。
「私はこれだ」
っていう生き方になりたい。
なのに、
いざ、一歩踏み出そうとすると、
「で、どうしたらそうなれるんだろう?」
って、
相変わらず
外側の答えを探していました。
今のまま、言いたいことを我慢してる私はいやだ。
「じゃあ、どうしたら、言いたいことが言えるようになる?」
今のまま、一歩も踏み出せないのは嫌だ。
「じゃあ、どうしたら、先に進めるようになる?」
そうやって、
気づけばまた、
誰かの正解を必死になって追いかけてる私。
SNSで見かけた記事を自分に当てはめて
「あ、私はここが足りないんだ。」
「じゃあここを変えなきゃ」
って、誰かの指示に従おうとしてる。
しかも最近は、AIがいる。
「どうしたらいい?」
って聞きさえすれば、
なんでも答えてくれるから便利だ。
私も、最初は
「なんでも教えてくれるならラッキー!
これでビジネス楽勝じゃん!」
くらいに思ってた。
でも。
本当はそこが落とし穴だったんだよね。
私が本当に欲しかったのは、
「どうしたらいい?」の答えじゃなくて、
「どうしたらいい?」で悩み続けるのをやめる方法だった。
AIも
「どうしたらいいんだろう」
には答えてはくれたけど、
「どうしたらいいんだろう?って正解を探すのをやめる」
には、私自身が答えを出すしかなかった。
「どうしたらいい?」
って外側に答えを探すのは、ある意味楽だ。
すでに印刷されてるカタログの中から
「私に合うのはこれかな」
って、探すだけでいい。
時間はかかるけど、
「探してたらいつかは見つかるかもしれない」
って希望がある。
だけど、
それではしっくりこなければ、
やっぱりまた「どうしたらいい?」って振り出しに戻ってしまう。
そんな人生もあってもいいよ。
人のことはどうでもいいよ。
だけど、私はもう
「どうしたらいいの?」
「これを試したらいいのかな」
「・・・・」
「やっぱり違った」
「私には何もないのかもしれない」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
そんなループは
もう懲り懲りだって思った。
そこでやっと気がついた。
私、
「どうしたらいい?」
「どうしたらうまくいく?」
って言った瞬間に、
誰かに答えを聞きに行っていた。
自分らしく生きたい、
って言いながら、
「どうしたら自分らしく生きられますか?」
って、
自分以外の誰かに聞いてる。
自分は世界にたった一人しかいないのに、
自分以外の誰かに
自分の人生の正解を聞いてたんだ。
ああ。
だから私は、
何度も何度も同じところに戻ってきちゃってたんだ。
「どうしたらいい?」
って考えてるときの私は、
大海原のど真ん中に、
たったひとりで、一粒のダイヤモンドを
探しに行くような気分。
どこにあるかもわからない。
だから、
この不安を手っ取り早く消してくれそうなものがあると、
すがりたくなる。
「これが正解ですよ」
って言ってくれる人がいたら、
そっちに行きたくなる。
でも、
「どうしたらいい?」
じゃなくて、
「本当は、私はどうしたい?」
って聞いてみると、
これがまた、
全然わかんない。
真っ暗で
光も射してない。
なんか、
何年も掃除してない、
開かずの部屋の前に立ってる感じ。
中がどうなってるかもわからない。
何が出てくるかわからない。
それより怖かったのは、
開けてみて、
本当に何にもなかったらどうしよう
ってことだった。
だから私は、
その部屋の前をずっとうろうろしながら、
「この部屋を開けずに、ダイヤモンドを見つける方法はないかな」
って探してたんだと思う。
でもさ。
もう、
ここ開けるしかなくない?
ダイヤモンドがあるとしたら、
たぶん、
こっちなんだよね。
で、最近ちょっとずつ、
えいっ、
って、
その扉を開けるようになってきた。
別に、
それで人生が劇的に変わったわけじゃない。
すごい答えが見つかったわけでもない。
でも、
「どうしたらいいんだろう」って迷うことが、すごく減ってきた。
また大海原に行きそうになったとき、
「あ、違う違う違う」
って思えるようになった。
このまま10年経って、
63歳になった私が、
相変わらず、
「どうしたら自分らしく生きられる?」
って、
あの部屋の前をうろうろしてたらやだな。
10年後は、
「あれ?
そういえば私、
最近“どうしたらいい?”って考えてないな」
ってなってたい。
その63歳の私が、
今の私を見たら、
たぶん、
「そうそう。その一歩から始まったんだよ」
って言うと思う。
「そのまんま、まっすぐおいで」
って。
自分の心を見るのって、
怖いよね。
でも、
その部屋のドアを開けて、
こっちに来たら、
「よく来たね」
「もう大丈夫だよ」
って言いたい。
だから、
もしあなたも、
「どうしたらいいんだろうって迷い続ける人生を、もうやめたい」
って思ったら、
私のところに来てください。
一緒に、
その部屋のドアを開けよう。

自分への誤解がほどけたとき、
人生は静かに変わり始めます。
きっかけは、
「どうして私は、
足りないと思うようになったんだろう。」
そう思ったことでした。

自分への誤解がほどけたとき、
人生は静かに変わり始めます。
きっかけは、
「どうして私は、足りないと
思うようになったんだろう。」
そう思ったことでした。

どれかひとつでも、
「これ、私かも。」と思ったら。
その苦しさには、
ちゃんと理由があるのかもしれません。
頑張っているのに、前に進んでいる感じがしない。
うまくいかないと、「私がダメなのかな」と思ってしまう。
何が正解かわからず、
迷ってしまう。
本当の気持ちを出すのが怖い。
安心できたことは、一度もありませんでした。
何かを手に入れても、
また次の「足りない」を探してしまう。
ずっと、そんな人生を繰り返していました。
「本当はもっと自分らしく生きたい。」
そう思っているなら。
あなたが変わる必要はありません。
必要なのは、本来の自分を思い出すこと。
私は、そのお手伝いをしています。
〜 もっと知りたい方へ 〜
もう、足りないものを
探さなくていい。
あなたが「足りない」と思うようになった理由を、
一緒にひもといてみませんか。



もう、足りないものを探さなくていい。
あなたが「足りない」と思うようになった理由を、
一緒にひもといてみませんか。

足りないもの探し」を終わらせたいあなたへ。
よかったら、ここでもつながりましょう。





