SAIKOSAIKOです。
止まっていた人が、もう一度、
自分らしく動き出す瞬間に
そっと立ち会っています。
息子に「こうなってほしい」って願いは全部叶ったけど、
でも、やっぱり不安は消えませんでした。
昨日は、息子の
大学受験の合格祝いをしました。
息子を囲んで、お寿司を食べながら、
「私が子育てしていた頃に願っていたこと、全部叶ってるな」って、
思ったんですよね。
昔の彼は、
ゲームがやめられなくて、
いつも睡眠不足でした。
うっかり
朝、起こし方を間違えると、
不機嫌で、暴れて、
手がつけられなくなった。
学校にも行きたがらず
行ったら行ったで問題を起こす。
勉強も運動も苦手で、
対等な友人が一人もいない。
当時の私は、
「この子は将来どうなるんだろう」
って、正直ずっと不安でした。
でも、今の彼は、まるで別人です。
自分で目標を見つけて、
塾にも行かず、自分で受験勉強をして、
行きたい大学に合格した。
友達とも普通にコミュニケーションを取って、
昔いじめていた子とすら
対等に話せるようになった。
将来やりたいことも決めていて、
「何か欲しいものある?」
と聞いたら
「専門書が欲しい」
…って、
必要な資格をどう取るかまで考えている。
あの頃、私が願っていた
「やりたいことを見つけて、
そこに向かって進める人になってほしい」
「友達や彼女を作って、青春してほしい」
それが、全部叶っていました。
でも、じゃあ
もう母として満足か?
もう何の不安もないか?
と言われたら、
全然そんなことなかった。
一人暮らしにワックワクの息子を見てたら、
「火事とか気をつけてね?」
「あんまり居心地が良すぎると、溜まり場にされるよ?」
「騒いで迷惑かけないようにね?」
とか口を挟みたくなるし、
「在学中に、知見を広げるために、紛争地帯に行きたい」
なんて言い出すものだから、
昔、日本人が海外で拘束された事件が
一瞬で頭に浮かんできて、
「うっぎゃー!」
って、変な声が出ました。
頭では、わかってるんです。
「彼の人生は彼のもの。
彼が選ぶ道を全力で応援したい」って。
でも体は叫んでる。
「お願いだから平穏無事に生きてほしい」
って。
だけど…アレ?
私、願いが叶った喜びよりも、
次の不安を握りしめる方を、大事にしてないか?
息子はこんなに変わったのに、
私自身は、
「何かが起こる前提」で世界を見る癖が
全然、抜けてなかった。
私は、ずっと、願っている。
この子が幸せに生きることを。
だけど本当は、子どもに願う前に、
何も起こらなくても不安になってしまう私を、
真っ先に、私が一番、
わかってあげられるようになりたい。
まだ全然、正解は見えないけど。
それでも、
「不安になるくらい、大切な宝物を抱えて生きてる私」は
案外、いい人生を生きてるのかもって、
ただ、ぼんやりと思えた日。


あなたの中にある、ほんとうの声へ。
人は、自分の気持ちに出会ったとき、
少しずつ、無理なく、
その人らしい歩き方を
思い出していくのだと思います。


心が揺れるのも、
あなたが弱いからじゃない。




ただ、まだ知らない「止まる理由」があるだけ。
たとえば、こんなことはありませんか?


最後まで読んでくださった
あなたへ
人は、自分の気持ちに出会ったとき、
少しずつ、自分のペースで、
その人らしい歩き方を
思い出していくのだと思います。


進めないのも、心が揺れるのも、
あなたが弱いからじゃない。
ただ、まだ知らない
「止まる理由」があるだけ。


努力する → 進もうとする → 不安になる → 止まる。
また努力する → 進もうとする → 止まる。
そんなループを何年も繰り返したある日、ふと、「これって本当に私のせいなのかな?」と思ったんです。


止めているのは、あなたではなく、あなたを縛っていた思い込み。
本来のあなたは、もっと自由です。
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