五年前の今日、私は「社会的に終わった」と思っていました。
母が「今日、ひな祭りだから」と言って
フルーツを切ってくれました。
近所のスーパーで買ってきた
1個390円のマンゴー。
真っ赤に熟して見えるけど、
触ってみると、なんだか硬い。
「まあ、切ってみようか」
と包丁を入れてみたら、
やっぱり、中も硬くて。
「ああ、これはハズレかな」
そう思いながら、
恐る恐る、ひと口食べてみたんです。
まずくはない。
甘さもあって、
ほんのりした酸味もある。
南国の花みたいな香りも、うっすらする。
さっぱりして、美味しいけれど、
「マンゴーか?」と言われると
「これ、マンゴーじゃないよね?」って、
お店にクレームを言いたくなるレベル。
でも、「じゃあ価値はないのか?」って言われたら。
「マンゴー」っていう名前を外せば
ただの、ちょっと変わった、
さっぱりした、美味しい果物。
これが、なんだか、
私の人生に重なって見えた。
生まれてからずっと、
どこかで
「私の人生、こんなもんじゃない」って
思いながら生きてきた気がする。
いつか、
シンデレラみたいに
白馬の王子様がやってきて
成功する人生。
頑張っていれば、
いつか誰かの目に留まり、
ちゃんと認められて、
ちゃんと愛されて、
“甘くてとろけるマンゴー”みたいな人生。
なのに、現実は──
いつまで経っても、
平凡で、みっともなくて、遠回りばかりして。
硬くて、思ったのと違って、ドラマチックでもなかった。
夫は愛してくれず、
子どももいうことを聞いてくれず。
私は、夫にも子どもにも
「なんで私ばっかり」
「私を幸せにするって言ったよね?」
「ちゃんと愛してよ」
「誠実でいなさいよ」
って、クレームを言い続けてた。
五年前の今日、私は離婚しました。
あの頃は
母としても、娘としても、人としても
「もう終わった」
と思ってました。
でも、五年経ってみて、思うのは——
今、ようやく
母でも妻でも嫁でも娘でもない、
ありのままの私の「ゼロ地点」に立てた気がしてる。
私の人生は、いわゆる、
「成功した女性の人生」ではなかったかもしれない。
世間一般の「女の幸せ」とも、違うかもしれない。
でも、「本当に失敗だったか?」と聞かれたら、
私の心は「そうでもなくない?」って言っている。
いろんな経験をして、ぐるぐるして、
怒って、責めて、泣いて。
その先で、
「ああ、私は私に”マンゴーであれ”と
人生にも、自分にも、
ずっとクレームを出し続けていたんだな」
って、今、やっと気づけた。
甘くなれ。
とろけろ。
期待通りでいろ。
誰かの理想になれ。
そうやって、マンゴーになろうとしてたけど、
名前を外して、正直な目で自分を見てみたら、
少し酸っぱくて、
歯ごたえがあって、
でもちゃんと味がある、
ありのままの、ただの私が、そこにいた。
何者にもなれなかった私が、
何者かにならなくてよかったと気づいて、
何者でもない、ただの私として、
今、ようやく、ここに立っている。
もしも
あの辛い日々がなかったら、
私はこの先もずっと
マンゴーになれない自分を責めていたかもしれない。
でも、もう、
マンゴーになれない自分を、恥じなくていい。
誰の期待に沿わなくても、いい。
明日もきっと、私は何者でもない、
平凡な私だと思う。
本当にこれが正解なのかは、
まだわからないけれど。
でも。
名前のない私を、今の私が一番
「この味、悪くないよね」
って言えたらいいな、と思えた日。


ここまでの文章が、
あなたの心のどこかをそっと撫でられていたら…
それはとても嬉しいことです。
私もかつて、
余裕がない自分を
責めてばかりいた時期がありました。
でも──
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