SAIKOSAIKOです。
止まっていた人が、もう一度、
自分らしく動き出す瞬間に
そっと立ち会っています。
誤解を恐れずにいうならば、
私は子供が好きじゃありませんでした。
正確には、物心ついた頃から
年下全般に苦手意識がありました。
理由はわからないけど
相手が「年下」や「後輩」になったとたんに、
「私が守ってあげなきゃ」
「”この人について行きたい”って思われなきゃ」
って、
心の中で、謎の”年上ムーブ”が騒ぎ出す。
その結果、
苦手なことも「NO」と言えなくなり。
引き受けなくてもいい仕事を引き受けてしまう。
ていのいい「おごり役」に
なってしまうこともありました。
(そういえば、ここだけの話、
英語が話せないくせに話せるふりをして
恥をかいたこともありました。)
そうやって、
いつも「いい先輩」や「いい大人」を演じながら、
陰で泣いてる情けない自分を
「やっぱり私はダメ」と
心のどこかで責めていたのかもしれません。
だから、
子どもや年下には極力関わらないようにして
生きてきました。
でも、もしかして。
「子どもを産んだら年下嫌いが克服できるかも」って
内心、ほんのり期待してたのかもしれません。
でも実際は、
「いいお母さん」になろうとすればするほど、
子育ては私に向いてないって、分かっただけでした。
でも、ある日、
「あ…、私、
人を教えたり、導いたり、守ったりすること全般が苦手なんだわ」
って、ハッとしたんです。
私が嫌いだったのは、
子どもや年下そのものではなくて、
「子どもや年下は、絶対に守らなきゃ」
「だから私は弱みを見せちゃいけない」
っていう、
心の奥にあった価値観の方だった。
私は、
みんなから慕われる
「頼れる人」になりたかったんじゃなくて、
子どもだろうが、年下だろうが、
年齢も、立場も、役割も関係なく
守ったりも、守られたりもする
対等の立場でいたかったのかも。
そう思うようになってから、
「守らなきゃ」と肩に入っていた力が
徐々に抜けてきて、
いつしか子どもの存在が
「守り導かなきゃいけない対象」から、
「お世話をする代わりに人生を教えてくれる、対等な関係」
に変わってきたような気がする。
今日も、
姪っ子の赤ちゃんを抱きながら
「こんな小さいのに、ただ生きてるだけで、ここにいる大人全員幸せにして偉いな〜」
と、人生の大切なことを教わっている途中です。
「ちゃんといいママ」じゃなくていい。
私の心が喜ぶことが、
子どもも喜ぶことに繋がってるって
ほんの少しだけ信じてみる。
今はそれだけを、
そっと置いておこうと思っています。


あなたの中にある、ほんとうの声へ。
人は、自分の気持ちに出会ったとき、
少しずつ、無理なく、
その人らしい歩き方を
思い出していくのだと思います。


心が揺れるのも、
あなたが弱いからじゃない。




ただ、まだ知らない「止まる理由」があるだけ。
たとえば、こんなことはありませんか?


最後まで読んでくださった
あなたへ
人は、自分の気持ちに出会ったとき、
少しずつ、自分のペースで、
その人らしい歩き方を
思い出していくのだと思います。


進めないのも、心が揺れるのも、
あなたが弱いからじゃない。
ただ、まだ知らない
「止まる理由」があるだけ。


努力する → 進もうとする → 不安になる → 止まる。
また努力する → 進もうとする → 止まる。
そんなループを何年も繰り返したある日、ふと、「これって本当に私のせいなのかな?」と思ったんです。


止めているのは、あなたではなく、あなたを縛っていた思い込み。
本来のあなたは、もっと自由です。
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