SAIKOSAIKOです。
止まっていた人が、もう一度、
自分らしく動き出す瞬間に
そっと立ち会っています。
休職していた友人から、
「仕事に復帰するね」って連絡がきた。
しばらく体調を崩して休んでいたから、
きっといろんな思いがあったと思う。
「そっか、頑張ってね」
そうメールを打ちかけて、
私はその言葉を、そっと消した。
以前はもっと
気軽に送り合っていた言葉なのに。
今日は、なぜか送れなかった。
胸の奥が、
ギューッと締めつけられる感じがして。
「頑張ってね」の代わりに、
頭に浮かんできたのは、
「あなたは、もう十分頑張ってるよね」
という言葉だった。
頑張っている人に
「頑張ってね」と言うことは、
もしかしたら
「もっと頑張れるよね」
そんな
無自覚のプレッシャーを
送ってしまうこともあるのかもしれない。
でもきっと、
これは彼女の問題じゃなくて、
昔の自分が
そこに重なったせい。
頑張っても頑張っても
うまくいかなかった、あの頃。
「頑張ってね」
「神様は乗り越えられない壁は与えないんだよ」
そうやって、応援されるたびに、
心のどこかで
「まだ足りないっていうの?」
「これ以上、頑張らないといけないの?」
って、
心が小さく悲鳴をあげていた
あの感じ。
だから今日は、
ただ
「祈ってるよ」
とだけ送った。
励ますでもなく、
背中を押すでもなく、
ただ遠くから
灯りを置くみたいに。
彼女からは
「無理しすぎないようにやってみるね」
と返ってきた。
その一文を読んで、
少しだけ、ほっとした。
本当はあの頃、
「失敗してもいいよ」
「うまくいかなくても、私は味方だよ」
って、
言ってほしかったのは
きっと、私のほうだった。
今はまだ
うまく励ませないけれど。
今日は、
そんな不器用な自分でもいいやって
少しだけ思えた日。


あなたの中にある、ほんとうの声へ。
人は、自分の気持ちに出会ったとき、
少しずつ、無理なく、
その人らしい歩き方を
思い出していくのだと思います。


心が揺れるのも、
あなたが弱いからじゃない。




ただ、まだ知らない「止まる理由」があるだけ。
たとえば、こんなことはありませんか?


最後まで読んでくださった
あなたへ
人は、自分の気持ちに出会ったとき、
少しずつ、自分のペースで、
その人らしい歩き方を
思い出していくのだと思います。


進めないのも、心が揺れるのも、
あなたが弱いからじゃない。
ただ、まだ知らない
「止まる理由」があるだけ。


努力する → 進もうとする → 不安になる → 止まる。
また努力する → 進もうとする → 止まる。
そんなループを何年も繰り返したある日、ふと、「これって本当に私のせいなのかな?」と思ったんです。


止めているのは、あなたではなく、あなたを縛っていた思い込み。
本来のあなたは、もっと自由です。
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