SAIKOSAIKOです。
止まっていた人が、もう一度、
自分らしく動き出す瞬間に
そっと立ち会っています。
「ちゃんとしなきゃ」――その声、誰のものだと思いますか?
親の声?
世間の声?
それとも——
私の中に、ずっといる誰かの声?
物心ついた頃から、
「”外では”ちゃんとすべき」
っていう声が、
まるで見えない透明の壁のように、
心の中にありました。
本当は少しも
「ちゃんと」なんてしてない。
だけど、
自分が失敗する姿を想像するだけで、
体が勝手にガチっと固まって、
冷や汗が湧いてくるんです。
いつしか、家以外では、
「よそ行きの顔」をするのが
当たり前になりました。
家の中ではムスっとしていても、
外では感情を見せずに、ニコニコする。
電話では、
いつもより高い声で喋って、
見えてなくてもお辞儀をする。
本当は、家のトイレでは
スリッパなんて履かないくせに、
よその家では
「トイレのスリッパって、これでいいの?」
ってわざわざ聞いて、
「普段から履いてますけど、何か?」
なんて、しれっとアピールもしていました。
「ちゃんと躾された、いいところの娘さん」
「気遣いできる常識人」
そんな私の外面は、
鉄壁の守りで完璧なはず…でした。
多少窮屈だったとしても、
家の中なら安心できていた頃は、
まだ良かったんです。
それが、
結婚して子供を産んでから、
ガラッと変わった。
「子どもがよそで変なことしたら、私の本性がバレちゃう」
って、責任感で、
背中がズシッと重くなって。
ダメな母親だって思われないように、
家事も、掃除も
子どものことも、何もかも
全部、一人で背負った。
気づいたら
布団の中くらいしか、
安心できる場所がなくなってた。
なのに、それだけ頑張っても
心は少しも満たされなかった。
「なんでわかってくれないの?」
「いつも私ばっかり」
って、
心が不満でいっぱいになって。
結局、離婚して、
一人になったとき、
ハッと気がついたんです。
私、よく考えたら、
「何もかも完璧にやれ」なんて
元夫からも、子供からも
一度も言われたこと、なかったな…って。
あの頃、ずっと感じてた
「ちゃんとしなきゃ」の声。
あれは、もしかしたら、
私が自分に必死に言い聞かせていた声だったのかもしれません。
今でもまだ
「ちゃんとしなきゃ」
の声が完全になくなったわけじゃない。
「ちゃんとしてないと怖い」
って思う瞬間もあります。
でもね、
「あ、またこの声だ」
「この声、誰の声だろう」
って、
その声を無視しなくなったとき
少しだけ
「ちゃんと」から解放された気がしてる。
…まぁ、また元に戻るかもね、
なんて思うこともあるけど。


自分への誤解がほどけたとき、
人生は静かに変わり始めます。
きっかけは、
「どうして私は、
足りないと思うようになったんだろう。」
そう思ったことでした。


自分への誤解がほどけたとき、
人生は静かに変わり始めます。
きっかけは、
「どうして私は、足りないと
思うようになったんだろう。」
そう思ったことでした。








どれかひとつでも、
「これ、私かも。」と思ったら。
その苦しさには、
ちゃんと理由があるのかもしれません。


頑張っているのに、前に進んでいる感じがしない。


うまくいかないと、「私がダメなのかな」と思ってしまう。


何が正解かわからず、
迷ってしまう。


本当の気持ちを出すのが怖い。


安心できたことは、一度もありませんでした。
何かを手に入れても、
また次の「足りない」を探してしまう。
ずっと、そんな人生を繰り返していました。


「本当はもっと自分らしく生きたい。」
そう思っているなら。
あなたが変わる必要はありません。
必要なのは、本来の自分を思い出すこと。
私は、そのお手伝いをしています。
〜 もっと知りたい方へ 〜
もう、足りないものを
探さなくていい。
あなたが「足りない」と思うようになった理由を、
一緒にひもといてみませんか。








もう、足りないものを探さなくていい。
あなたが「足りない」と思うようになった理由を、
一緒にひもといてみませんか。




足りないもの探し」を終わらせたいあなたへ。
よかったら、ここでもつながりましょう。















