「寂しい」は、私の中で使用禁止ワードでした。
でも今日、「言ってもいい」って、やっと、取り戻せたんです。
今日、実は誕生日だったんですよね。
母がお赤飯を炊いてくれて。
友人が「おめでとう」ってLINEをくれて。
今日だけは無礼講だぜ、イヤッホー!
ってなるはず…でした。
なのに、友達と少しぶつかってしまって。
計画がパーになりました。
この歳になってまで、
誕生日にケンカってどうなのよって、
胸の真ん中が重たくなりました。
でもね、
今日はひとつだけ、
去年と違うことがあった。
それは、ちゃんと自分に
「寂しいね」
って言わせてあげられたこと。
私にとって、
「寂しい」「できない」「助けて」は
長いあいだ、
口が裂けても言っちゃいけない
使用禁止コードでした。
でも、考えてみたら、
おかしな話ですよね。
誰かから禁止されたわけでもなければ、
言ったところで、
実際に罰を受けるわけじゃない。
なのに、
もしも気持ちがバレたら。
重い人に認定されて。
面倒くさい人って思われて。
居場所がなくなる気がしたんです。
だから、長い間、
寂しさを隠して、
大丈夫なふりをして。
その言葉を使うことはおろか、
考えていることすらバレないように必死で守ってた。
だけど、どんなに感情を隠しても
私の心は、少しも満足できなかった。
でも、どうして?
私は何を守ってるんだろう?
心の奥に潜ってみたら、
そこには、
部屋の隅っこにひとりでポツンと
体育座りしている私が見えました。
「いつまでそこに座ってるの?」
「本当はどうして欲しいの?」
って聞いてみたら、
「慰めなくてもいい。無理に明るくしようとしなくてもいい。
ただ、横に、座っていて欲しい」
って答えが返ってきたんです。
私、
寂しい気持ちを
「無かったこと」
にされるのが、
いちばん悲しかったみたいです。
だから、今日は、静かに、
「あ、私、寂しかったんだ」
って観察してみたんです。
寂しさも、
誰かに抱きしめてほしい気持ちも、
誰かの目を意識したとたんに
「出しちゃいけないもの」になってた。
寂しさがなくなったわけじゃない。
でも、今は、
人の目じゃなくて、自分の意思で
「寂しさを否定しなくていい」を選べてる。
私の世界に
「寂しい」の居場所を作ってあげられた日。
盛大な誕生日じゃなかったけれど。
今日の私は、
少しだけ、心が豊かになれた気がしています。
それで十分。
PS:
たくさんのお祝いコメント、ありがとうございました。
これからも、
自分の世界に少しずつ彩りを取り戻していく様を、
そっと見守ってもらえたら、嬉しいです🌸


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