SAIKOSAIKOです。
止まっていた人が、もう一度、
自分らしく動き出す瞬間に
そっと立ち会っています。
私は、
平らな道で転ばなかったことに感動したい変態です。
普通に幸せになるよりも、
わざわざ傷ついてから
「本当は幸せだった」
って気がつきたい、めんどくさい人間です。
最近、YouTubeをよく見てるんですよね。
ひとりでも、グループでも、
心から楽しそうにやっている人を見ると、
自然と応援したくなるし、
なんだか好きになってしまいます。
ああいうふうに、ただ楽しくてやっているだけで、
「それ、楽しそうだね、混ぜて」って
人が集まってきてくれたら、
どんなにいいだろう。
私も、本当はああ在りたい。
やってみたいって思うんです。
でもね、
そう思った瞬間、
お腹のあたりが、ぐるぐる、ざわざわ。
「私にそれができるのかな」
「私はこれでいいのかな?」って、
不安が浮かんでくることがあるんです。
セッション中、私は夢中になってます。
「楽しいか」と聞かれたら、
正直、楽しくはありません。
どこまでも続く、
青くて静寂な海中の洞穴を、
慌てず、パニックにならず、
ただ深く潜り続けていく感じ。
息を潜めて、ふわふわと漂いながら、
自分の声だけを静かに聴いている時間。
でも、その先に、
光がぶわっと差し込んで、
頭が静かになる瞬間があるんです。
ずっと思い出せなかったクイズの答えを
急に思い出したみたいに、
バラバラだったものが、カチッとつながる。
あんなに悩んでいた苦しみが、
コーヒーに溶けるクリームみたいに、
すーっと混ざって、境目がわからなくなる。
「ああ、そうか」
「私、このままで良かったんだ」
その一言が生まれる瞬間。
本当は誰よりも怖がりなくせに
私はそれを、
一番近くで目撃したいんです。
もしかしたら、私は、
本当に良質な愛を、一滴、自分にあげたい人
なのかもしれません。
喉が渇いたら、
自販機のコーヒーで
喉を潤すこともできるけど、
でも、私は、
あえて時間をかけて、
丁寧に淹れた一杯を求めてしまう人。
厄介で、面倒くさいしけど、
でも、あの、ふーっと一口飲んだときの
密度が高い喜びが忘れられないんです。
もし誰かに
「それって楽しいの?なんか苦しそう」
「考えるのなんかやめて、ただ楽しくしてたらいいのに」
と言われたら、
きっと、こう答えると思う。
「いつも幸せそうな人、本当に羨ましいけれど。
私、一回ちゃんと向き合わないと、
本当の幸せに気づけないのかも」…って。
軽やかじゃない。
人から見たら苦しそうに見えるかもしれない。
でも、なんでもない日常のなかで、
今、ちゃんと生きていること。
こんなめんどくさい私から、
離れないでいてくれる人がいることが、
うれしくて、
怖くて、
ありがたくて、
ちゃんと受け取ろうとすると、
胸がじわっと震える。
これが、今日の私です。


自分への誤解がほどけたとき、
人生は静かに変わり始めます。
きっかけは、
「どうして私は、
足りないと思うようになったんだろう。」
そう思ったことでした。


自分への誤解がほどけたとき、
人生は静かに変わり始めます。
きっかけは、
「どうして私は、足りないと
思うようになったんだろう。」
そう思ったことでした。








どれかひとつでも、
「これ、私かも。」と思ったら。
その苦しさには、
ちゃんと理由があるのかもしれません。


頑張っているのに、前に進んでいる感じがしない。


うまくいかないと、「私がダメなのかな」と思ってしまう。


何が正解かわからず、
迷ってしまう。


本当の気持ちを出すのが怖い。


安心できたことは、一度もありませんでした。
何かを手に入れても、
また次の「足りない」を探してしまう。
ずっと、そんな人生を繰り返していました。


「本当はもっと自分らしく生きたい。」
そう思っているなら。
あなたが変わる必要はありません。
必要なのは、本来の自分を思い出すこと。
私は、そのお手伝いをしています。
〜 もっと知りたい方へ 〜
もう、足りないものを
探さなくていい。
あなたが「足りない」と思うようになった理由を、
一緒にひもといてみませんか。








もう、足りないものを探さなくていい。
あなたが「足りない」と思うようになった理由を、
一緒にひもといてみませんか。




足りないもの探し」を終わらせたいあなたへ。
よかったら、ここでもつながりましょう。
















