SAIKOSAIKOです。
止まっていた人が、もう一度、
自分らしく動き出す瞬間に
そっと立ち会っています。
「なんでわかってくれないの…?私が悪いの….?」
昨日、母と何気ない話をしていて、
ふっと、忘れていた嫌な記憶がよみがえった。
家の前の空き家のリフォームがそろそろ終わりそうで、
「中、見てみたいね」なんて話していた時。
「〇〇さんは、見せてもらったらしいよ」
と母がいうので、
「でも、施主さんに断らないで勝手に見るのって、いいのかな」
と口にした瞬間、
胸の奥から、ぶわっと何かが出てきた。
ああ、
思い出した。
忘れてた、10年前の記憶。
長年の夢だった、
憧れのマイホームを新築したときのこと。
親族よりも先に、
当時仲の良かったママ友を
招待したかったのに。
その人は、
なんのことわりもなく
子どもや友だちをゾロゾロ連れて
私のいない新築の家に上がり、
中を見て回ったのだ。
それを聞いた時、
私は言葉を失った。
不快だと夫に伝えたら、
「考えすぎじゃないか」
「もう終わっちゃったんだから、しょうがないだろ」
と言われた時のこと。
あの時の気持ちを、
私はずっと誰にも言えずに、
たった一人で抱えていた。
思い出した瞬間、
大切にしていたものを、軽く扱われたような、
唯一の味方だと思ってた人から、裏切られたような、
しかも、それを「嫌だ」と言う私の方が悪いような、
完全には風化し切れていない想いが蘇ってきて、
ドライアイスみたいに、
お腹の底に漂ってる気がした。
すると、
その話を聞いていた母が
「それは腹立つね」
「嫌だよ、そんなの」
って、迷いなく言ってくれた。
その一言で、
胸の奥が、じんわり温かくなった。
ああ、
私は一人じゃなかったんだ、って。
「私が悪いのかも」って
自分を否定しなくてよかったんだって。
頭では、
価値観はみんな違うってわかってる。
それでも、
人生には、理屈じゃなくて、
「それ、嫌だったよね」
って味方してくれる人が、
絶対的に必要なときもある。
本当は
「ごめんね」よりも
ただ、「わかるよ」って
言われたかっただけかもしれない。
今日は、
「許さなくてもいいんだ」って
10年分の孤独が、
ほどけた気がした日。


自分への誤解がほどけたとき、
人生は静かに変わり始めます。
きっかけは、
「どうして私は、
足りないと思うようになったんだろう。」
そう思ったことでした。


自分への誤解がほどけたとき、
人生は静かに変わり始めます。
きっかけは、
「どうして私は、足りないと
思うようになったんだろう。」
そう思ったことでした。








どれかひとつでも、
「これ、私かも。」と思ったら。
その苦しさには、
ちゃんと理由があるのかもしれません。


頑張っているのに、前に進んでいる感じがしない。


うまくいかないと、「私がダメなのかな」と思ってしまう。


何が正解かわからず、
迷ってしまう。


本当の気持ちを出すのが怖い。


安心できたことは、一度もありませんでした。
何かを手に入れても、
また次の「足りない」を探してしまう。
ずっと、そんな人生を繰り返していました。


「本当はもっと自分らしく生きたい。」
そう思っているなら。
あなたが変わる必要はありません。
必要なのは、本来の自分を思い出すこと。
私は、そのお手伝いをしています。
〜 もっと知りたい方へ 〜
もう、足りないものを
探さなくていい。
あなたが「足りない」と思うようになった理由を、
一緒にひもといてみませんか。








もう、足りないものを探さなくていい。
あなたが「足りない」と思うようになった理由を、
一緒にひもといてみませんか。




足りないもの探し」を終わらせたいあなたへ。
よかったら、ここでもつながりましょう。















